火星の表層環境の進化

 

私たちは火星の表層環境、特に大気や水の量や形態がどのように進化してきたのかを調べています。その成果として、「火星は45億年の歴史の最初の4億年間で大量の水を宇宙空間への流出で失った」「火星は現在発見されている少量の氷を上回る量の未発見の氷をどこかに隠している」ということがわかりました。これは火星からやってきた隕石の化学分析と理論計算によって明らかになりました。以下でもう少し詳しい解説をしてみます。

 

研究の背景:火星の水はどこへ行った?

火星は地球から最も近い距離にある生命が存在する可能性のある惑星として、これまでに欧米を中心に多くの探査が行われてきました。その成果として、火星はかつて地球と同じように温暖で、大量の液体の水(海や湖)が存在したらしい、ということがわかってきました。ところが、現在の火星は寒冷で、極地域に少量の氷を持つだけの乾燥した惑星です。地球の液体の水の存在は生命誕生と深く関係しているため、火星の水がどのように失われたのかは惑星科学における大きな謎のひとつです。

 

研究の手法:隕石に刻まれた火星の歴史を読み取る

私たちは、水が水素・酸素原子に解離し大気を通じて宇宙空間で流出することで失われた場合、重水素(D)と比較して軽い水素(H)が選択的に流出するため、火星に残る水の水素同位体比(重水素と水素の量の比)の変化としてその履歴が残ることに着目しました。共同研究グループによる火星隕石の化学分析からこの水素同位体比の時代ごとの変化を読み取り、さらに45億年の歴史を通じた火星表層水の量の時間変化を理論計算で調べました(1)

 

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1:火星の水素同位体比と水の量の時間変化

 

研究の成果:火星の水の大部分は宇宙空間へ流出し、残りは氷に

その結果わかったことは、火星は最初の約4億年間に最初に持っていた水の半分以上を宇宙空間への流出で失ったということです。しかし、その後の約41億年間では流出はそれほど起こらず、残りの水の大部分は火星の気候変動によって氷となり、現在でも火星の地下に存在している可能性があります。

 

研究の今後:火星探査・隕石の分析・実験・理論で火星の謎に迫る!

火星には水が失われた歴史だけでなく、過去の温暖な気候から現在の寒冷な気候に変化した原因など、多くの謎が残されています。私たちは、火星隕石の分析、岩石実験、など異なる分野の研究者と力を合わせて、火星の謎に迫っています。また、将来的な日本独自の火星探査も検討されています。身近で謎に満ちた惑星、火星を知ることは、なぜ地球には海があり生命が誕生したのか、地球外や太陽系外に生命は存在するのかといった、人類の根源的な問いへの答えにつながっていくでしょう。

文責 名古屋大学大学院理学研究科 研究員 黒川宏之