Jun Kimura
木村 淳
日本語 / English

研究紹介

  地球惑星科学 考 | 多彩な太陽系の世界,氷衛星 | 研究課題

■ 地球惑星科学 考 ■

 科学とは。そして地球惑星科学の面白さとは。
 地球や惑星の話に踏み込む前に,まず【科学】の話.科学とは「自然界で起こる諸現象の因果関係を探る」ことです.どのような条件を与えるとその現象が起きるのか,色々な素過程や条件の組み合わせを試行錯誤しながら原因と結果のつながりを探っていくアプローチが科学です.それは,自然界の理解そのものを目的とした,人間の知性の本性から来る探求の営みとも言えるでしょう.くだいて言えば,この世の中の様々な仕組みについて理由付けをする過程が科学だと考えています(科学に基づいて自然界が動いているのではなく,科学という道具を使って自然界の仕組みを説明すること).
 これに対して,日本で良く耳にするのは【科学技術】という言葉です.何千年も前から,自然界の仕組みそのものの探求に大きな価値を見出してきた欧米の文化では,科学技術ではなく科学そのものが重視されてきました.しかし日本において認識されてきた科学の最大目的とは,【技術】を産み出し人間生活の直接の利益になる(もっと言えば商売になる)ことです.その結果,日本では「自然界の現象の因果関係・仕組みを探る方法としての科学」を重んじる芽が育ちにくい土壌が広がり,科学技術ばかりが重宝されるようになりました.
 私がやってきたこと,今後もやっていきたいことは科学技術ではなく,科学です.自然界の諸現象の中でも,特に地球や月などの天体の歴史や進化といった時間空間的規模の大きな現象に対して,物理学的・化学的な説明を与えることに関心があります.こうした体系をいわゆる地球惑星科学と呼びますが,これは物理学や化学のような単独の学問分野ではなく,従来の物化生地に分かれた縦割り型科学の専門知識を総合させて天体の仕組みに理由付けを施すものです.私は,地球惑星科学がこうした諸学融合型の総合学問であるところに大きな魅力とやり甲斐を感じています.
 また,そうした地球惑星科学の営みにおいて不可欠な手段が,惑星探査や宇宙開発です.例えば昔では「アポロ」や「ボイジャー」,「ガリレオ」などが,そして最近では日本の月探査衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ」が大きな成果を挙げました.探査や観測で分かった「事実」をもとに,その現象の原因や天体そのものの起源・進化を様々なアプローチ(例えば実験や理論計算)で探っていく.その過程で,新たにまた説明のつかない「謎」が産まれ,それを解決するために新たな探査ミッションや実地調査が行われる.こうした循環が地球惑星科学分野における科学的営みです.膨大なお金を使ってまで探査機を飛ばす意味があるの?というような「科学=科学技術」的意見を良く耳にしますが,そう言われないような,むしろ応援してもらえるような土壌作り,科学そのものの価値や面白さをアピールできればなあ,と思う今日この頃.

2009.09.10記

■ 多彩な太陽系の世界,氷衛星 ■

 太陽系天体の多様性
 太陽系には,地球をはじめとする惑星や,お月さんに代表される衛星,そしてその他多くの小惑星など,実に幅広い特徴を持った天体が存在しています.これらの天体が,どのような過程を経て現在目にするような特徴を持つに至ったのか,に興味を持って研究しています.特に木星や土星といった太陽系の外部領域には,惑星の周囲に数十個もの幅広い多様性を持った氷衛星が回っており,太陽系天体の多様な進化を解き明かす上で格好のサンプルだと言えます.

 氷衛星の世界
 氷衛星とは,表面を氷に覆われた衛星の総称で,木星型惑星の衛星のほぼ全ては氷衛星です.氷衛星には,地球の月などには見られない様々な地殻変動の痕跡を持つものが多く,地球上で見慣れた構造もあれば甚だ奇妙な地形も数多く見られます.その表情の多彩さに大きな科学的興味を抱いています.具体的には,表面におびただしい亀裂が走り内部には液体の水の海があると予想されている木星の衛星エウロパ(Europa)や,何本もの溝が刻まれた太陽系最大の衛星ガニメデ(Ganymede),引っかき傷のような地形や水の噴出が発見された土星の衛星エンセラダス(Enceladus),そして厚い大気に覆われた表面には流水痕のようなものが見られるタイタン(Titan)など.
 このような氷衛星の多様性は,氷衛星を特徴づけているいわゆる「氷」の存在によって作り出されているのではないか,という点に注目しています.氷衛星なんだから当たり前だろうと思われるかもしれませんが,氷(H2O)は地球やお月さんの主成分である岩石とはかなり異なる物質的特徴を持っており,それによって独特な現象が様々に生じます.氷衛星上で繰り広げられる活動は,どのようにして生じるのか?その原因として,内部ではどのようなプロセスが働いているのか?そして天体全体の進化は? このような疑問を明らかにするためには,氷衛星の主たる構成要素である「氷」の役割を理解することが最も重要です.
 地球との共通点と氷衛星固有のシステムとを明確に区別し,その進化を考察することはまさに惑星科学の本質です.多彩な姿を持つ氷衛星は,太陽系天体が持つ多様性の原因と意味の理解に迫るための良きターゲットだと言えます.

 地球外生命はいるか?
 氷衛星は,生命の起源を解き明かす手がかりを持っているかもしれません.例えば木星の衛星であるエウロパは,観測と理論的研究の両面から,内部には液体水の海がある可能性が高いと言われています.また最近,土星の衛星エンセラダスでは内部から氷の粒子や水蒸気が噴き出ていることが分かりました.液体水からなる大規模な物質圏を(現在も)保有している天体が地球以外にも存在するということが,しかもそれがかなり普遍的である可能性が示されてきています.生命発生を実現する環境やシステムは,宇宙において地球が唯一なのでしょうか.地球外生命探しも重要ですが,地球生命の発生と進化の過程が地球外天体においてどこまで適用あるいは実現可能かを考えることが,この問いの本質と考えます.氷衛星の環境と地球での生命誕生の状況とを対比させることが,新たな視座を与える第一歩です.

 しかしながら氷衛星は遠い存在であり,情報を得る手段は地球と比べて限定的です.それでも探査機による現地調査としては,1970-80年代のボイジャー計画(Voyager mission)に始まり,ガリレオ(Galileo)計画,そして現在進行中のカッシーニ(Cassini)計画へと続いており,氷衛星は常に惑星科学における第一級の研究対象であり続けています.そして2022年の打ち上げを目途とした次なる木星圏探査計画ジュース(JUICE)が欧日の協同体制で準備されています.我が国での氷衛星研究は,人口の点では決して隆盛を誇っているとは言えませんが,言い換えればそれは,想像を超える科学的刺激をまだまだ発掘し得る可能性を秘めたフロンティアだということです.地球ももちろん大切(惑星科学という研究分野は,あくまで地球科学という学問分野に立脚する,という認識と基礎理解が重要)ですが,外に目を向けることなく,客観的視点を持たずに我が家の概観を描くのは,ことのほか難しいものです.

■ 研究課題 ■

地下海(内部海)の有無と安定性,進化
氷衛星の最も大きな魅力のひとつは,表面を覆う氷の内部が融けていて,広大な海が拡がっているかもしれない点です.木星の衛星エウロパはその可能性が強く示唆されている代表的な氷衛星ですが,地下海の存在はまだ確認されていません.そこで,理論計算による衛星内部の温度変化(熱史)のシミュレーションを行い,氷の融解領域(地下海)がどのくらいの規模で広がっているか,そしてそれが時間とともにどう変化するかを予想する研究を進めています.


エウロパ内部の想像図.表面はH2O主体の氷でできており,その厚さは約100〜200 kmにおよぶと予想されている.また氷層の一部が融けて液体の水の海を形成していると考えられている.[(c) NASA/JPL]

太陽系の主要な(半径50 km 以上の)衛星の半径と平均密度,および予想される内部構造の模式図.内部圧力の大きい巨大氷衛星では,表層の氷殻に加えて高圧結晶相の氷からなるマントルが岩石マントルの上に存在する [木村 2008].


氷地殻の成長(地下海の寿命)を表した模式図.3つの線は上右図の3つのグループ(小・中型氷衛星,中間族,巨大氷衛星)に対応する.グループ1(未分化のものを除く)は岩石量が非常に小さく熱源が少ないため,地殻は急成長し地下海は数億年で消滅する.グループ2は岩石量が大きく放射性核種壊変熱が有効に働き,地殻の成長はその発熱のタイムスケールでゆっくりと進行するため,現在も地下海が存在する.グループ3では,岩石マントルの上に高圧氷の層が出現するために地下海への加熱が妨げられ,地下海は数億年で消滅する.なお,氷層も地下海も,組成はH2Oのみを考慮している [Modified from 木村 2006, Kimura et al. 2007].

 テクトニクス: かつての膨張の痕跡
氷衛星のもうひとつの大きな特徴は,その外見的・地質学的な多彩さです.氷衛星の中には断層や亀裂などの表層活動の跡を示すものが多く,地形の数やスケールは地球の月に見られるものよりもずっと大規模です.例えば木星衛星エウロパでは,暗灰色の帯状の地形が数多く表面を横切っています.地形の特徴をよく見ると,これらは表面が引っ張りの力を受けることで割れ,開いた隙間を内部の物質が埋めてできたと考えられています.同じく木星衛星ガニメデにも,エウロパと同様に様々な地殻変動の痕跡が残っています.最も目立つのは,何重もの溝が重なった“しわ”状の構造です.これらは表面がやはり引っ張りの応力を受けて拡がり,正断層のような過程を経て形成したと考えられています.こうした地形は氷衛星に幅広く見られることから,氷衛星にはこのような地形を作り出す何らかの普遍的な現象,例えばかつて衛星全体が膨張するようなイベントがあったと考えられます.そのイベントが具体的に何だったのか,活動の原因となる力(応力)の源は何なのかを解明するのが,私の大きな研究課題のひとつです.


ガリレオ探査機が撮影した木星衛星エウロパの可視光画像.太陽光は左から射している.左上から右下方向に走る2本の暗い帯状地形や,幾重にも縦横に走る細い筋状の亀裂が見える.暗帯地形は,表面の開裂部を内部の氷が埋めてできたと考えられている.この領域を取り除き周囲の地形を復元することで見い出される表面の増加量は,この画像範囲では約15%に達する [(c) NASA/JPL].

衛星ガニメデの溝地形.高さ数十〜数百mの細い起伏が束になり,重なり合うことで全体として皺が寄ったような外見を作り出している.衝突クレータを溝が引き裂いている構造も見られることから,これらの地形は表面の拡張,すなわち衛星全体の膨張イベントによって作られたと思われる. [(c) NASA/JPL].

 衛星にも磁場がある
木星系最大にして太陽系最大の衛星ガニメデは,衛星でただひとつ固有磁場を持っています.これは地球のように中心の金属核が対流することで生じていると考えられていますが,地震波による内部探査が可能な地球と違って,衛星では内部の状態を推し量る情報が圧倒的に欠けており,金属核の大きさや組成は謎のままです.そして磁場がいつから生じているのかも分かっていません.そこで衛星内部の熱構造を理論計算によって見いだし,その長期的な変化を数値シミュレーションによって調べています.それを通して,金属核ができた時期やその過程といった大きな謎の解決も目指しています.


ガニメデ内部の温度構造変化.中心に半径1000kmの金属核の存在を仮定している.計算開始後,いったんは長寿命放射性核種壊変熱によって岩石マントル温度が上昇するも,核種の枯渇に伴って次第に冷却する.初期に表層を覆うと仮定した液体水の海は,数億年で全固化する [Kimura et al., 2009].

ガニメデ金属核の密度を5500〜8000kg/m3とした時に,核内で熱対流を発生させることのできる金属核半径と表層H2O層の厚さの関係.金属核が溶融している条件と対流を起こす条件とが共に満たされる場合にのみガニメデは磁場を発生させることができ,それを現実的な内部構造と考える [Kimura et al., 2009].

 地球外天体における物質化学進化,アストロバイオロジーの深化へ
 衛星エウロパをはじめ,カリストやエンセラダス,トリトンなど,内部に液体の海を持つ可能性が示唆される天体が数多く出てきています.海を持つということはすなわち,地球とのアナロジーから考えて生命発生のための重要な条件を備えていることになります.氷衛星の海における圧力や重力,物質環境,流れのダイナミクスなどの視点で地球海洋環境との対比を行い,地球外生命の発生に関する示唆を得たいと思っています.氷衛星海洋の存続期間や組成変化を理論的に考察する取り組みは,NASA Astrobiology Instituteによって採択された国際協同研究の一環として行っています [NASA Selects New Science Teams for Astrobiology Research]

 また,地球外天体環境における生命発生の可能性をより具体的に議論するために,生体の最も基本的な構成物質のひとつであるアミノ酸が地球外天体環境においてどのような進化を経るかについて,主に熱力学的計算を行うことで考察しています.例えば,グリシンなどの単体アミノ酸の脱水縮合反応に関する自由エネルギーの計算から,氷衛星表層のような極低温(120K以下)環境においてはその反応が自発的に起こりえることを見出しました.また,アデニンなどの塩基と糖からヌクレオシドを生成する反応も同様に発生し得ることが分かりました.これらはまだエネルギー論だけに基づく示唆ですが,アミノ酸からタンパク質,ヌクレオシドからRNA/DNAを生成し,生体が代謝や複製などの機能を有するために必要な最初の一歩が,非生物的過程の中に存在する可能性を示すものです [Kimura and Kitadai 2015]


2Gly->GlyGlyの自由エネルギー(実線)に,エウロパ氷地殻で予想される温度構造(点線と破線)を重ねた図.温度構造の推定では氷地殻厚さを40km(破線)および100km(点線)と仮定し,融点での氷粘性率を1015 Pas(太線)および1014 Pas(細線)とした.自由エネルギーが負値を取る場合は上記の反応が進行することをあらわす.従って,氷地殻の上部数kmの深さまでの領域では自由エネルギーが負になり,グリシンの重合反応が進行し得ることを示している [Kimura and Kitadai 2015].

 表面反射率の長期変化
表面を氷で覆われた氷衛星には,氷の高い揮発性がもたらす独特の外見的変化プロセスがあります.例えば土星衛星イアペタスは,公転運動の先行半球の反射率(約 4 %)が後行半球でのそれ(約 60 %)に比べて著しく低いという珍しい特徴を持っています.この明暗二分性は,暗い物質が先行半球に選択的に存在することによって作られています.しかしこの明暗分布は,日射による表面温度の上昇と氷の揮発によって長期的に変化する可能性があります.日射変化に伴う氷の昇華率や表層物質の比率を数値シミュレーションで調べることで,暗い物質が降り積もった太古の状態を見出し,この暗い物質が何物で,どこから来たのかを明らかにすることを目指しています.


イアペタス表面マップ.先行半球(中央より左側)の中低緯度には暗い物質が分布している [(c) NASA/JPL].


 

イアペタス表面暗物質の分布変化シミュレーション.先行半球の中心から同心円状に暗い物質を分布させ(左図),反射率に従った温度での氷の昇華と,暗い物質との混合比の変化を考慮して40億年間の分布変化を数値シミュレーションしたもの(右図:左上から時計回りに,計算開始後10億年,20億年,30億年,40億年の状態).初期状態は同心円状でも,長期変化によって現状に似た分布へと変化する [Kimura et al. 2011].

 月惑星探査計画への参加と観測機器の開発・校正研究
2007年度より日本の月周回探査計画「かぐや」プロジェクトに参加し,観測機器運用計画の立案やデータアーカイブシステムの設計・開発などを担当してきました.現在は,小惑星サンプルリターン計画「はやぶさ2」プロジェクトにおけるレーザ高度計(LIDAR)チームに所属し,2014年12月の打ち上げを経て小惑星への到着を待っています.また次期月着陸探査計画「SELENE-R」のミッション検討チームと熱流量観測器(HFP)チームに所属し,プロジェクトの実現に向けた科学検討を進めています.
さらに,欧州宇宙機関(ESA)が次期大型計画として選定し始動した「JUICE(JUpiter ICy moons Explorer:木星氷衛星探査機)」ミッションへ搭載するレーザ高度計(GALA: GAnymede Laser Altimeter)の,欧州側と日本側の両開発チームに所属し,2022年6月の打ち上げに向けた科学検討と機器開発を進めています(日本惑星科学会誌「遊星人」2013年9月号でのJUICEミッション紹介記事).

 太陽系外惑星の理解へ向けた観測的示唆
惑星は太陽系外にも続々と見つかっています.宇宙生命学の視点では,系外(固体)惑星の大気や表層環境の詳細を調べて生命居住可能性を見出すことが,今後の観測における重要なマイルストーンとなります.それに向けて,月や火星,ガリレオ衛星など既知の太陽系内固体天体を用いて,これらの点源としての天体光の観測的特徴を調べています.例えば,表面組成の違いや大気中のダスト分布などによる表面反射率の非一様性は,自身の自転に伴って天体光の変動を引き起こします.すなわち「太陽系を外から見たらどう見えるか」の視点で,議論を進めています[Fujii, Kimura et al., 2014, Astrobiology]

 その他,共同研究
他機関との共同研究として,「かぐや」の画像・分光データを用いた様々な月面地形の年代推定や,それにもとづく月の進化履歴(特に溶岩流の年代決定)の解明を行い,氷衛星との対比を行いながら太陽系衛星全体の進化史の違いを明らかにしようとしています.また日本惑星科学会が主導する将来計画検討「月惑星探査の来る10年」では,第一段階「トップサイエンス抽出」(木星型惑星氷衛星系外惑星パネル.pdf)の作業にあたったほか,土星衛星エンセラダスのプリューム物質を探る化学・生命探査ミッション(土星衛星エンセラダスのプリューム物質の化学・生命探査.pdf)の検討を行っています.

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