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はじめに

非生物である物質からどのように生命現象が創発するのか?
その仕組みやプロセスを理解するため、合成生物学的手法により人工的に生きた細胞を再構築する試みを行なっています。

人工細胞研究*

細胞はリン脂質から形成されるカプセル状の膜小胞の中で、様々な生化学的反応を行うことで生命活動を維持しています。
中でもDNAの持つ遺伝情報からRNAやタンパク質を合成する反応はセントラルドグマと呼ばれ、細胞内反応の中でも中心的な反応系です。
2001年にShimizuらによって再構築された無細胞タンパク質合成系(無細胞系)は、転写・翻訳反応に関わる因子を組み合わせることで、試験管内でセントラルドグマの反応を再現することに成功しました。
この無細胞系は、人工的に形成したリン脂質膜小胞の内部でも反応を行うことができます。
このような細胞を模した反応系は人工細胞と呼ばれ、生きた細胞を再構築するための基盤技術として重要です。

無細胞系と人工膜小胞を組み合わせることで、細胞を模擬することはできました。
しかし、真に“生きている”状態にするためには、人工細胞が自己複製しなければなりません。
この自己複製の再現こそが、人工細胞研究の大きな問題点です。
細胞の自己複製は主に内部の遺伝情報の複製と、外殻である膜の成長・分裂から成り立っています。
遺伝情報の複製は、DNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼを脂質膜小胞に内包し、DNAやRNAのコピーを合成することで実現できます。
しかし、膜の成長・分裂は再現することが難しく、これまでに成功した研究グループはありません。
これに対し私たちは、脂質膜小胞の内部で脂質分子を合成することで、膜の成長・分裂を再現することに挑戦しています。
これにより、細胞が自ら構成分子を生産し自己複製する、複雑且つ動的なシステムを、分子のレベルから膜形状のレベルまで、マルチスケールで理解することを目指しています。

創薬基盤研究

細胞の外殻である細胞膜は、リン脂質のみではなく非常にたくさんのタンパク質を含んでいます。
これらは膜タンパク質と呼ばれ、イオンチャネルや各種トランスポーターなど、膜上での重要な生化学的反応を担っています。
中でもG-Protein Coupled Receptor(GPCR)などの受容体膜タンパク質は、重篤な疾患に関わるものが多く、創薬の重要なターゲットとなっています。
そのため、ターゲット受容体膜タンパク質の試料獲得は創薬研究を行う上で、避けては通れないプロセスです。
しかし膜タンパク質は一般に試料調製が難しく、多くの時間と労力がかかります。
このことが創薬研究の律速点の一つとなっています。
この問題に対して私たちは、無細胞系と人工脂質膜を組み合わせ、生物を介さず試験管の中で膜タンパク質を合成する研究を行なっています。
さらに同じ無細胞系を用いて、合成された受容体膜タンパク質に、特異的に結合する抗体(抗原認識配列)の合成が可能なin vitroシステムの開発も行っています。
これにより、低コストで迅速な抗体医薬品生産のための創薬基盤として、貢献することを目指しています。

生命の起源研究

人工的に細胞を再構築する試みは、地球上の生命がどのように誕生したのかを解明する、生命の起源研究と密接に関係しています。
細胞を再構築する過程で得られた必須の反応条件や、初期地球環境の地質学的な知見を元に、生命の誕生場と誕生のプロセスを論理的に考察する。
これにより、合成生物学的アプローチから生命の起源研究を行なっています。

*倫理的な問題について

生物を人工的に再構築する試みは、生命現象の深い理解につながる重要な研究です。
しかし同時に倫理的な面にも気をつけて研究を行う必要があります。
受精卵細胞や胚を用いた研究は、生命倫理に配慮し十分に気をつけて研究を進めなければなりません。
私たちの人工細胞研究も目指すところは生物の再構築であるため、倫理面に気をつけて研究を行うことには変わりがありませんが、現時点では非生物である分子を対象として研究しているため、法令やガイドラインに抵触するものではありません。
私たちは倫理的配慮の元人工細胞研究を行なっています。